読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

びぶりおてか

私家版 Caffè Biblioteca

ゼウス左足ト残宴ノユフベ

とうとう最後の一枚を消化。
もう会えることもないであろうゼウスの左足に最後の挨拶。
名残の夜を惜しみ、舐めるように愛でてきた。

f:id:itifusa:20160603222632j:image

このゼウスの左足は、仏像の変遷にどう向き合えばいいのかを自分なりに気づかせてくれた、私にとっては重要な、「失われた遺物」だった。

f:id:itifusa:20160603223107j:image
紀元前、地中海より東へ遠く、中央アジアの地にギリシア移民の都市が存在し、永く繁栄をしていた事を明らかに伝える証。そのギリシア都市を土台に様々な部族が文化を受け継ぎ、偶像を持たなかった仏教の歴史を大きく変えることになる。
アイハヌーンの神殿に祀られた大きな神像を前に、中央アジア騎馬民族が吸収したものの歴史的価値は計り知れない。
 
f:id:itifusa:20160603223118j:image
資料の中に見た、たった一枚のモノクロ写真のおかげで、私の中で止まっていた造像文化の歴史が目の前で動き出した瞬間を今でも忘れない。
 
滋賀にあるMIHO Museums が開館の折、そのコレクションが盗品を買い上げたものである事が、一般へ大きく報じられていた。すべての事情を汲む関係者の苦渋の決断は、それでも守らなくてはいけない使命との間でどれだけ揺れていた事か伺いしれる。
このゼウスの左足が日本へたどり着いたのも、恐らくその時期であったのだろう。

日本に保護されていた事を知った時の私の衝撃といったら、
道行く人と目があって運命の人と思い込んでしまう位、危険人物度の高いときめきであった。その日から指折り、公開をどれだけ待っていた事か。
上野、下町では花見だ三社だとお祭り騒ぎを他所に、私は一人でお祭り騒ぎだったのだ。
 
時が経ち、失ったものの重大さに人々が気付いたこの時、改めてこれらの遺物が包み持つ、大いなる寛容の意味を受け止める事が出来たらと強く願うばかりだ。
 
 
 

東博 黄金のアフガニスタン展ニ涙ス

 
城門の頂に掲げられる言葉はこうだ。

「自らの文化が生き続ける限り、
        その国は生きながらえる」
 

f:id:itifusa:20160424232245j:plain

 

いまやアフガニスタンだけでなく、西アジアでも宗教主義の名の下に古代遺跡が破壊されていくのも然して驚くほどのことでもなくなってしまった。

痩せこけた主義主張に古の人々が育んだ知性と文化は揺らぐことなどない。

瓦礫の山で見栄を張る信仰心など足元にも及ばないものがそこにはある。

信仰の清浄はすでに彼らを見放しているのだ。

f:id:itifusa:20160424231403j:image

先日閉幕したばかりのボッティチェリ展で記憶に新しい「パリスの審判」
嫉妬深い女神に投げ入れられた金のリンゴの争奪戦が引き起こす神話は
その後の歴史(?)を驚きの方向へ導く。

三人の中で誰が一番好みか(そうは言っていない)と、
熟女の挨拶代わり並の質問を投げかけられたトロイアの王子パリスは見返りの「愛」を選び、「あんたが一番」と記される金の林檎をアフロディーテへ手渡す。

 
f:id:itifusa:20160424231501j:image
金の果実を左手に持つ女神がバクトリア北部、
ティリア・テペの、紀元前後の女性の墓跡から出土している。

他、額にドットを持つアフロディーテも。
中央アジアアフロディーテは有翼だ。

f:id:itifusa:20160424231421j:plain

なぜギリシア神話では無翼の人形に描かれるアフロディーテが、

ヘレニズムの時を経て、有翼に描かれるようになったのか。
果実を持つ女神像は何を表しているのか。
どれも、この土地の王都が変遷してきた時の流れの中にきちんとした理由があるのだ。

この地を制したいくつもの民族が、その後東伝する造像文化や思想を大きく作用した。
たどればたどるだけ恐ろしいほどのアジアの根源が見え始める。
 
これまで本や文献の写真でしか見たことのなかった
夢にまで見た遺物が目の前にある奇跡だ。
まさに黄金週間だ。泣ける。
 
東京国立博物館 表慶館 会期 2016年4月12日(火)~6月19日(日)
 
追記
5月7日、NHK BS1で放送された特番、『アフガン秘宝の半世紀
前半では、アフガニスタン文化の歴史が、このユーラシア大陸の各文化にどれだけの影響を与え、重要な存在であるかがわかる軸のある構成。
それを踏まえた後半は、今後より大きな発掘成果が期待されるべき、メスアイナクの窮状を極客観的、公平に伝える内容となっていた。
是非、再度ゴールデンタイムでの再放送を期待したい。

www.nhk.or.jp

また、このドキュメンタリーで見た。日本で保護されていたゼウス神像の左足を含む流出文化財及び、カブール博物館の秘宝は東博アフガニスタン展と併せ、東京藝大の展覧会を通して、実物の殆どを観る事ができる。

f:id:itifusa:20160418203553j:plain

展覧会後流出文化財は返還されれば、日本人はアフガニスタンへの立ち入りは当分できない事が見込まれているので、是非今のうちに見に行って欲しい。

メス・アイナク仏教遺跡、地下に眠る鉱床は、中国が30年の採掘権を獲得している。30年を待たずに資源は掘り尽くされて、取り返しのつかない真の砂漠になるのだろう。

 2016年4月12日(火)― 6月19日(日)[ 入場無料 ]
東京藝術大学 大学美術館陳列館(東京都台東区上野公園12-8)
[ 開館時間] 9:30~17:00(入館は16:30まで)※月曜休館

www.bamiyan-hekiga.com

 

itifusa.hatenablog.com

itifusa.hatenablog.com

 

itifusa.hatenablog.com

 

 

バーミヤン東窟天井画に望みて

現在東博で開催されている、特別展「黄金のアフガニスタン」に連動する東京藝大での展覧会。 
 
 
失われてしまったバーミヤン石窟の大仏。その頭上に描かれていた天井画を藝大研究室が復元。
その徹底した作業に対し、天井画を前にして惜しみない拍手を送りたい気分であった。
f:id:itifusa:20160418212350j:image
たとえどれ程精巧に作り上げられても、所詮はニセモノと思う方もいると思う。
でもその復元制作の意義、そして指揮を取られた東京藝大の宮廻教授のの言葉が、この天井画の復元を目の前にして、とても重要に感じられる。
 
 「(前略)遺跡は失われましたが、訪れた人がこの復元を見て、以前の様子を知ることができる。そして、
  破壊という行為は無意味だというアピールにもなればと思っています(後略)」。
                        (月刊 目の眼 第四百七十四号)
 
傀儡の思想が暴走し、破壊行為に及ぼうとも、先進文化最新鋭の技術をあますことなく駆使し、その肖像を復元してみせる。テロリストの所業など、それ程無益なものなのだ。
 

f:id:itifusa:20160418203305j:image

天駆る太陽神 中世イスラムの侵攻により他宗教が迫害、寺院の破壊が進められる中、イスラム教でも太陽神が最高神とされるため破壊を免れたと考えられている。

それほど、太陽神というものは宗教史にとっては重要な存在なのだ。
この復元により、この世界観から読み取れるものは数え上げたらきりがないほど、宇宙そのもの。
ラピスラズリの青が美しい。
 
f:id:itifusa:20160418203346j:image
ものによっては過半が欠損しているものもあるが、深読みすればするほど面白くてたまらない。
太陽神が乗るのは4頭の有翼の白馬に引かれる戦車、
両脇侍、武装した有翼の女神。その頭上には冠帯垂らす半身半鳥の霊獣。
太陽神の頭上には白い鳥、これは梵天が乗るハンサと言われている。
 
f:id:itifusa:20160418203406j:image
ほら、風神。どこかで見たことある構図でしょ。
 
f:id:itifusa:20160418212151j:image
天井画の復元においては、下地となる土壁の再現から始まっている。
藝大会場の1階では、その復元された下地を直に手で触れて感じることもできる。
 
 
f:id:itifusa:20160418212209j:image
これが、あの地の、土なんだ。
 
f:id:itifusa:20160418203429j:image
前田先生が訪れた当時は、東大仏の頭頂部、肉髻が削り取られた部分まで上がることができ、天井画越しにアフガニスタンのパノラマを望むことができたそうだ。
その光景は実際に昨年、現地スタッフにて4K撮影が行われ映像化されたもので実感できるようになっている。
今の私たちには行くことのできない、現在のアフガニスタンの大地だ。
 
見るまでは作り込み過ぎなのでは。。(ごめんなさい)と思っていた、千住氏書き下ろしのBGMも不思議と溶け込んでわずかに響き、わるくないなー。
 

f:id:itifusa:20160418212226j:plain

2Fにある賽銭箱へ一口千円以上で修復報告の冊子がもらえます。
冊子の中央ページの見開きには、タリバンに破壊される前の大仏、在りし日の姿と、背後にはアレクサンドロスの行軍を怯ませたヒンドゥクシュの銀嶺が連なる。
なんて美しいのだろう。

この山脈はインド人殺しという意味を持ち、その行軍を阻むものと考えられていた。
その山脈をいともあっさりと往来し中央アジアを征した民族が登場したんだ。
 
f:id:itifusa:20160418203532j:image
白馬は見えづらくなっているけど、2頭づつ左右に描かれています。
 
 
f:id:itifusa:20160418203544j:image
東大仏破壊後、現地調査へ入った研究者達は、僅かでも障壁画の痕跡が無いか、残骸を調査したが、壁画の顔料を含む破片などが一切見付からなかったという。
一部の証言では、破壊前、既に天井画部分には絵はなく、くり抜かれていた状態であったともあり、テロリストの資金調達の為、古美術品として予め持ち出されていた可能性もあると考えられている。
誰も口には出さないけれど、今は僅かながらも、如何なる方法であってもどこかで現存している事を願っているのだと思う。
 
f:id:itifusa:20160418203553j:image
 
2016年4月12日(火)― 6月19日(日)[ 入場無料 ]
東京藝術大学 大学美術館陳列館(東京都台東区上野公園12-8)
[ 開館時間] 9:30~17:00(入館は16:30まで)※月曜休館

月刊目の眼 2016年3月号 (戦禍をこえて 東と西をつなぐ古代美術)

 

www.gold-afghan.jp

 

itifusa.hatenablog.com

 

アイハヌム・ゼウス像 想定復元 @東京藝術大学陳列館

アフガニスタン アイ・ハヌムの遺物 ゼウスの左足を基に
藝大で想定復元されたゼウスの胸部までの像が現在公開されている。 

f:id:itifusa:20160418203847j:image

ゼウス神像左足の実物は連動する東博のアフガニスタン展で日本に限って公開されているが、サンダルのハナオ部分(これが多くを語る大事な部分)から爪先の約30センチほどの大理石製破片。

 

東京藝術大学アフガニスタン特別企画展」
東京藝術大学 大学美術館陳列館 2016年4月12日(火)― 6月19日(日)

f:id:itifusa:20160418203807j:image

「アイハヌム・ゼウス像」の想定復元は、藝大に拠点を置く研究室が世界中に残るゼウス像の形態を研究し尽くした結果として復元されたそう。

 
どっしりと左右を大きく開き、地につけているものを想像していたのだが、左足爪先の角度から、後ろに引っ込めかかとを浮かせた状態であったと判断されたそうだ。 
f:id:itifusa:20160418203828j:image

そう言われてから改めて東博展示の遺物を見てみると、本当だ、確かに土踏まずのあたりから微妙に傾斜しているのです。
 
復元像のたっぷりと膝を覆うドレープ、その先に続く隆々とした筋肉は若々しささえ感じさせる。
個人的にもつ、豊かな髭を蓄え、少し年配のゆったりした貫禄をもつゼウスのイメージとは少し違うのだけど、ギリシア彫刻の流れを直流で受け止め、
今まさに活気ある都市が求めた大神像とは、誰にも勝る瑞々しさと力強さの象徴たるものだったに違いない。
 
f:id:itifusa:20160418203912j:image
アレクサンドリアを想わせるこの都市の大きな神像が、
その後東伝する宗教彫像文化を、習俗を、どれだけ動かした事だろうと思うと、その胸にすがりつきたくなる。

研究室の皆様、良い仕事をしてくださった。
 
この藝大の展覧会では、藝大で保護されていた流出文化財の一部も公開されている。
東博アフガニスタン展」第5章のアフガニスタン流出文化財 と同等のもの、
この公開を終えると祖国カーブル国立博物館へ帰還する「文化財難民」
f:id:itifusa:20160418204215j:image
焔肩仏立像 3-4世紀 カピサ 57cm
中央アジア特有の焔背を背負ったお像。
拝火教崇拝が残るこの地で、それまで、偶像を嫌い法輪など象徴物で仏を表していた仏教が、人型を取った象徴物で仏陀を表すようになった起源の名残なのではないだろうか。
 
f:id:itifusa:20160418204240j:imageその右肩上にはブラフマー仏教では梵天
 
 
f:id:itifusa:20160418203936j:image
執金剛 ヴァジュラパーニ 3-4世紀 ハッダ出土
ガンダーラ文明出自の図像だが、ほとんどギリシャ人ではないか。。。。
 
ゼウスの雷に由来する象徴物を金剛杵として取り込み、それを担ったのが執金剛。
 f:id:itifusa:20160418203956j:image
仏教はこの美しいドレープもお好みであった。
 
 
f:id:itifusa:20160418204020j:image
降魔成道図 2-3世紀 カピサ 54cm
釈迦が悟りを開くとき、地に触れ魔障(マーラ)を退散させる。
 
f:id:itifusa:20160418204046j:image
釈迦の頭上に華やかに咲き乱れるような逆ハートの葉は菩提樹
 
f:id:itifusa:20160418204110j:image
取り囲む聖獣の中には西アジア由来のデザインも見受けられる。
 
f:id:itifusa:20160418204131j:image
下に押しつぶされる魔障たち
 
f:id:itifusa:20160418204153j:imageこの右肩にも梵天か。左は欠損している。
 
 
f:id:itifusa:20160418204330j:image
館を出たら早朝までの大風がウソのような青空。
神駆ける大空だ。
 
 
 

ボッティチェリ展@東京都美術館

 

本来ならそこそこ空いているはずの時間帯を狙ったはずが、なかなかの人出。
前日にタモリさんがタモリ倶楽部で突然告知したらしい。『突然告知』だ。
おてて繋いだカップルがやたら多かったのはそのせいだろうか。

f:id:itifusa:20160201002816j:image

日伊国交樹立150周年 ボッティチェリ展

2016年1月16日(土)~ 4月3日(日)
東京都美術館

 2014年に講談社学術文庫から出版された『神曲』の新訳版を読み始めてから、
神曲が書かれた中世、そして神学史から見たルネサンスの政治と文化の読み解きはとても興味深い。少しでもそのヒントを求めて。
 
 
f:id:itifusa:20160201002907j:image
Baccio Baldini (possibly after a drawing by Sandro Botticelli)
Dante Scared by Wild Beasts. Illustration of Canto I of the Divine Comedy
バッチョ・バルディーニ(おそらくサンドロ・ボッティチェリの下絵に基づく)
猛獣たちに驚くダンテ(『神曲』「地獄篇」第1歌の挿絵)1480-81年頃
Florence, Gabinetto Disegni e Stampedegli Uffizi
 ダンテ『神曲』地獄篇の序歌となる第1歌、そして道程の意味と導き手の信頼を確認する第2歌。15世紀ダンテ研究者ランディーノの注釈が入り出版された『神曲』への挿絵の版画は、画面上に時系で場面が構図され、段階的にダンテが表されている。

上の第1歌、画面左にうつむく人物。ダンテが何時、なぜこの様な事になっていたのかを説く重要な最初の3行だ。

 我らの人生を半ばまで歩んだ時
 目が覚めると暗い森の中をさまよっている自分に気づいた。
 まっすぐに続く道はどこにも見えなくなっていた。
    (『神曲』「地獄篇」訳 原基晶 講談社学術文庫 2014 (地・1・1-3))
 
そして、その暗い森を抜け、その先に神の正しい導きを象徴する太陽の光線で照らし出される救いの丘を見出す。時制で描き出される画面上方いっぱいにシャワーの様な勢いでその光が描かれている。

 空を見上げると、丘の両肩が
 あらゆる道で人を正しく導く
 あの星の光をすでにまとっていたのが見えた。
           (同上 地・1・16-18)

それでも不安をもった心理状態のままにも丘の麓登っていくが、間も無く行く手にはその道行きを阻む3頭の獣が次々現れる。
画面右より傾斜する丘への道なりに驚き踵を返そうとするダンテの姿が描かれている。3頭は、羨望の罪を表す雌豹、高慢の罪を表す獅子、貪欲な雌狼だ。それらは襲うそぶりを見せてはダンテを来た道へ押し戻す。ダンテは恐怖から先へ進む気力を失ってゆき、にわかに現れた霊に助けを求める。

 これが、その姿から発する恐怖のために
 私を押し潰し、
 ついに私は高みにまで登る希望を失った。
            (同上 地1 52-54)
 (中略)

 破滅の淵へと私が堕ちかかっていた途中、
 眼前に不意に現れたのは、
 長い沈黙ゆえにかすれて見える方だった。
            (同上 地1 61-63)

画面中央、木立から姿を現しているのが、この後ダンテの導き手として、かつ理性の象徴として深く大きな意味を担う古代ローマの詩人、ウェルギリウスだ。
ウェルギリウスは、すっかり怖気づいたダンテへ導き手として、ダンテが望まれた旅に出る事の必然を説く。

 たが、おまえはなぜあの苦しみに戻るのだ。
 なぜ心を満たす山を登らぬのだ。
 それこそが完全な喜びのはじまりであり、その理でもあるのに」。
                     (同上 地76-78)
 (中略)

 「おまえは別な旅をせねばならぬ、
  ー私が涙を流しているのを見てから、その方は答えたー
  人のものならぬこの場所を逃れたいと思うのならば。
               (同上 地1 91-93)

ここに言う「この場所」に現れた3頭の獣はそれぞれの罪が、ダンテが失望し道を見失う事となった現世、大都市となったフィレンツェの次元でもある。その中で自らが堕ちていく可能性のある罪を知り、正しい道を取り戻すための旅だ。
たった一枚の挿絵の中には、これだけの大きなバックグランドが込められている。
 

f:id:itifusa:20160201002832j:plain

バッチョ・バルディーニ(おそらくサンドロ・ボッティチェリの下絵に基づく)
ダンテにベアトリーチェの出現を示すウェルギリウス(『神曲』「地獄篇」第2歌の挿絵)
Baccio Baldini (possibly after a drawing by Sandro Botticelli)
Virgil Showing Dante the Appearance of Beatrice. Illustration of Canto II of the Divine Comedy 1480-81年頃 フィレンツェ、ウフィツィ素描版画室

第2歌、再びダンテは迷い怖気づき、歩みを止めてしまう。

 けれども私は、いかなる使命で彼の地に赴くのですか。誰がそれを許すのですか。
 私はアエネーアースではなく、私はパオロでもなく、
 私がそれにふさわしいとは、私自身も他人も思っていないのです。
                      (同上 地2 31-33)

この先目の当たりにする地獄は、様々な罪とそれ等に神が下した裁きの世界。過去に生身のまま地獄のその有様を見知ったのは名高き聖人と英雄のみ。そこに己が連なる資格があろうはずがないというのだ。
そのダンテにウェルギリウスが旅の意義、導き手となった理由を打ち明け、その正当性を表す。

 私は宙吊りにされている者達に混じっていたが、
 祝福に輝く高貴な女性が私を呼んだのだ。
 そのご様子に命令を下すよう私からあの方に求めてしまった。
                 (同上 地2 52-54)

第2歌の挿絵中央には、天使のように空に浮かぶ女性像が現れている。
この女性像がダンテを神の御もとへ導くよう、ウェルギリウスへ使命を与えた存在。この後、『神曲』の中で彼女の存在意義は明らかにされ意味を深めていく。

 あなたを差し向ける私はベアトリーチェ
 戻りたいと強く願っているあの場所から降りてきました。
 愛こそが私を動かし、話をさせるのです。
                     (同上 地2 70-72)

キリストが生まれる前時代の高貴なる詩人ウェルギリウスは、『神曲』の世界では救済を得ることができない異端者(異教徒)だ。その彼が惹きつけられ、自ら従うことに身を投げ出した「神の恵み」の象徴。その彼女がなぜ異端者に導き手としての使命を授けたのか。この歌で『神曲』の舵は大きく切られているのだという。

 こうして彼女の望むとおりにお前のところに来た。
 美しい山へとすぐに続く道に立ち塞がった 
 あの獣の眼前からおまえを救い上げたのだ。

 それなのに、これは何だ、何ゆえだ。なぜ躊躇する。
 なぜ怯懦に心を巣喰わせる。
 なぜ勇気と自由な心を持たないのだ。
            (同上 地2 118-123)

この後ダンテは深い霧から目覚めたかのような言葉で歌を続け、再び歩み始める。その言葉の清々しさは音を伴うようだ。
そうして画面右奥に、罪の責め苦を目の当たりにしてゆく地獄への道が続いている。
地獄の門の頂に掲げられる言葉が第3歌の冒頭に続く。

 私を通って悲しみの都に至り、
 私を通って永遠の苦悩に至り、
 私を通って失われた者どもの間に至る。

 正義は高き造物主を動かしたり。
 私をなしたるものは、神の力、
 至高の知、第一の愛。

 私の前に造られたるものはなし
 永遠なる事物の他には。
 そして私は永遠に続いていく。
 あらゆる希望を捨てよ、ここをくぐるおまえ達は。
             (同上 地3 1-9) 
参考文献及び引用
ダンテ・アリギエリ (著), 原 基晶 (翻訳)2014
 
 

Botticelli e il suo tempo 

この時代の登場人物はその殆どが主役級で、レオナルド ダ ヴィンチ、マキャベッリ、ミケランジェロ、漫画化されたチェーザレボルージャの世界ではこういった人たちがトスカーナ地方を舞台に次から次へと登場する。
 
その頃の芸術家たちの活躍に必ず登場するのがメディチ家。ロレンツォ メディチ、そして、聖俗が切り離せなくなった時代、大いなるスピーカー 、サボナローラの台頭で、そのメディチ家フィレンツェを追われてゆく。
権勢の行方に全てが大きく影響を受けたこの時代の、彼等一人ひとりが、あまりにもドラマチックな人生を送っている。
 
ボッティチェリの絵の中に在る人物たちの、真っ直ぐで鋭い視線が物語る。
幻想的な描写の中に在るものは全てが真実だったんだ。
 
f:id:itifusa:20160201012010j:image
ヨハネス・アルギュロプロス アリストテレス『論理学』のラテン語翻訳
Giovanni Argiropulo Aristotelis Logica translated into Latin
15世紀(1465-78年) 彩色写本
フィレンツェメディチェア・ラウレンツィアーナ図書館 Florence, Biblioteca Medicea Laurenziana 
美しい装丁の本だった。(装丁は殆ど見えないけど)
図録に装丁の写真が無かったのが残念。
当時本はまだ高価で、富裕層は私設の図書館を持ち、芸術家や学者などに提供し育てていた。文化や芸術への先進的な投資に揺るぎない豊かさがうかがえる。
この本を這う様に文字を読み込む、あの中の誰かがきっといたのかもしれない。
 
 
f:id:itifusa:20160201012028j:image
愛の勝利(フランチェスコ・ペトラルカ『カンツォニエーレおよび勝利』に収録)
Triumph of Love (in Petrarch, Canzoniere e trionfi)
サンドロ・ボッティチェリ 1470年代初頭
ペン、インク(尖筆の上に?)、茶色の水彩、青とスミレ色の顔料、羊皮紙
ラヴェンナ、クラッセンセ図書館 Ravenna, Biblioteca Classense
 このベトラルカの『カンツォニエレ』の挿絵に関しては、公開日にイタリア文化会館で開催されたシンポジュームで、監修者の一人である美術史家でフィリッピーノリッピの研究者であるジョナサン・K・ネルソン氏が紹介していた。
この画はこれまで工房作、または修作とされていたが、馬の描写、後手に縛られた人物やクピドの表現が、ボッティチェリの筆致、描写に相違ないと判断し、この展覧会ではボッティチェリ作として展示されたとのこと。作品自体の来歴や図録に詳しく記述されている。
 
 
f:id:itifusa:20160201012053j:image 
サヴォナローラへの傾倒が指摘される、ロレンツォ死去1492年以降の筆の変化は、
そこに投じられているものが違っていて目を見張る。
これは私のような素人目にもよくわかる変化。
練熟に至るといえばそうだが、宗教画に対する意義が変わっているのは確か。
 
f:id:itifusa:20160201003003j:image
アペレスの誹謗(ラ・カルンニア)Calumny of Apelles
サンドロ・ボッティチェリ 1494-96年頃
テンペラ/板 フィレンツェウフィツィ美術館
 
 『アペレスの誹謗』にどっぷりと移入させ、至福の状態でグッズ売り場へ突入。
トートバックは800円くらい。大きくてマチがあり、丈夫な作りなのに、とても軽い。
稽古着と小物を入れて持ち歩くのに、非常にぴったり。これはお値打ちであった。
 f:id:itifusa:20160201003239j:image
 
そして、へんなイタリア熱のテンションのまま、グッズ売り場の隅をうめる様におかれていた古地図のポスターに心を奪われる。
しかも閉館前の長蛇となったレジマチ列をふらっと離れてまで。
 
f:id:itifusa:20160201003014j:image
 舐める様に見たが、年代が書かれていないためいつの者の複写かわからず。
ずっと古地図が欲しくて探してたこともあり、書かれた文字が明らかにイタリア語ではなく、TALLAEとラテン語があったのでもしやと買ってしまったが、、
結局17世紀の地図でした。まいっか。
知ってる地名をマークして、本日はご満悦で就寝につく。
 
f:id:itifusa:20160201003024j:image
                                            Venezia
                   Verona
               Mantova
                             Ferrara
                         Parma
                Lucca
           Pisa
Genova
                         Firenze
                                    Roma
                                              Napoli
 
 
なお、ベトラルカの『カンツォニエレ』については、挿絵のソネットではないが、
2014年に発刊された新訳版『神曲』「煉獄篇」巻末の解説に翻訳者の訳による 
『カンツォニエレ』第一ソネットが併載されている。
日本語訳されていても、ソネットの四四三三行の形式を保ち、
美しいことばの流れと表現は十分にその世界を味わえるので、勝手ながらここに紹介したい。
 
    『カンツォニエレ』第一ソネット
 あなた方、散り散りの詩篇のうちに、
 私の一部が今の私とは別人であり、
 若く道を逸れていた間に
 心の糧としていた、かすれた吐息の奏でる調べを聴く人々よ、

 私が涙しつつ語る、虚しい希望と虚しい苦悩の間を
 揺れ動く様々な文体のうちに、
 愛を経験して知る人がいるならば、
 許しだけではなく、憐れみをこそ見出して欲しい。

 だが、今は私にもよくわかっている、長い間、どれほど
 すべての人々の笑いものとなっていたかが。そのことでしばしば
 私は自分のことを自分自身で思って深く恥じ入るのだ。

 だからこそ、その恥こそは果実なのだ、
 私の虚しい言葉の戯れの、悔恨の、この世での楽しきことなど
 短き夢であることをはっきりと知ったことの。
 
   『神曲 煉獄篇』 講談社学術文庫 2014年 
    ダンテ・アリギエリ/原 基晶 訳
   p.638「『煉獄篇』を読み終えてーカヴァルカンティ、ダンテ、ペトラルカ」
 
 なお、個人的には同様に併載のグイド・カヴァルカンティ『貴婦人よ、我に頼みたまえ』の方が好み。もはやぐうの音も出ないほどつきつきられた愛です。
 
            
         神曲 煉獄篇 (講談社学術文庫)
 

神曲とは編集

 

『村上隆の五百羅漢図展』へ 重い腰をあげ

六本木ヒルズ森美術館は私立美術館の鏡だな。
会期中無休の上に、開館時間が火曜日以外は10:00-22:00。
18時にオフィス出たって、それから3時間は入り浸れる。ありがたい。
残された心配事は、森ビルの53階へ駆け上がる高速エレベーターで、
うまいタイミングで耳抜きが出来るか。という事だけだ。

f:id:itifusa:20151202130053j:image

 

五百羅漢図4部作は制作中のアトリエがメディアに公開される事もあって、
超大型作品となっていることは既知であった。
そもそも、その名の通り500人の被写体をくまなく描き出すのがその図像なのだから、
形式が変われど、それなりの大作になり得る主題ではある。

この度日本初公開となった、村上隆五百羅漢図は高さ3メートルのパネルがものすごい数連ねられ、
各面25メートルの、全長100メートル
絵画として、その寸法を言われてもまったくピンとこない数字なのだ。

f:id:itifusa:20151202130021j:image
 
 展覧会の展示はその4部作が、2室に分かれて展示されている部屋にたどり着く前に、あのDOB君もゲロタンも居り、そこまでの間はアトラクション気分。

図録がまだ発売されておらず、出品リスト頼りに回想するので、作品名が一致していない可能性もあることをあらかじめ申し上げます。。。。
この展覧会、キャプションやタイトルを確認するという作業が、観覧中まったくわたしの中から消し去られており、今更リストを見て作品と一致できるものわずか、あとはどれのことをいっているのやら、、、という始末。
f:id:itifusa:20151202130129j:image
宇宙の深層部の森に蠢く生命の図
消失点の無い世界
直指人心 見性成佛
∞:727
ストゥーパ
神農の図
王座に鎮座する唐獅子
四天王
天空の城
如来降臨
生命の希望
渓流に咲く梅
ガネーシャ
自然の摂理
シシ神
2015 年
アクリル、金箔、プラチナ箔、カンバス、アルミニウム・フレームにマウント
240 × 3,045 cm
 
全部作品名なのか、登場するオブジェの一覧が付随しているのか不明。
たぶん作品名なのかもしれない。。。。
この作品自体もあまりに長すぎて奥でL字になって展示されてました。
その対面に円相シリーズがあった(はず)だが、、、、写真がなかった。
f:id:itifusa:20151202130142j:image若冲など江戸期の絵師へのオマージュが見られる。
が、、、若冲の鳳凰よりもはるかにお下品(笑
 
 
f:id:itifusa:20151202130202j:image慧可断臂
心、張り裂けんばかりに師を慕い、故に我が腕を師に献上致します
2015 年 アクリル、プラチナ箔、カンバス、アルミニウム・フレームにマウント
100 ×100 cm
こちらはキャプションしか写真を撮っていなかった。
作品名にぐっときたもので。この人、左利きなのかな。
 
f:id:itifusa:20151202130223j:image
 五百羅漢図 [ 白虎 ] 2012 年
アクリル、カンバス、板にマウント 302 × 2,500 cm 個人蔵
 
五百羅漢図は白虎、青龍、玄武、朱雀の四部作。ええ、神仏習合。集合?
どこかに白澤らしきも居たので、どちらかというと集合です。
 
f:id:itifusa:20151202130235j:image
人が煩悩を滅してたどり着く境地とは、こんな世界になっているのです。
人としての幸せを見たような気がします。
  
f:id:itifusa:20151202130305j:image
長沢芦雪 方寸五百羅漢図 (江戸時代・寛政 10 年(1798 年 紙本墨画淡彩)
3.1 × 3.1 cm 個人蔵
 
蘆雪の五百羅漢図は、超ミニサイズ。
 
f:id:itifusa:20151202130317j:image 
なんのドサクサか写真が撮れたので、激写。嬉しい♪
これは初公開のMIHO Museum 以来、好きな逸品。
視力の衰えを思い知らされる。
これは白虎で画中画になっておりました。
f:id:itifusa:20151202130254j:image
五百羅漢も小さくかけば、コンパクトに収まるのです。
 
f:id:itifusa:20151202130332j:image
五百羅漢図 [ 青竜 ] 2012 年
アクリル、カンバス、板にマウント 302 × 2,500 cm 個人蔵
 これは蕭白の雲龍図からね。ボストン美術館のコレクションだったか。。。
まさに、現代の表現に変えたらこの通りなのかもしれない。
 
f:id:itifusa:20151202130345j:image
若冲のクジラと白像図屏風のコラボという、好き勝手贅沢三昧のこの面が、
個人的にも好きなモチーフや表現があり、お気に入りとなった。
 
f:id:itifusa:20151202130357j:image
これも青龍より。聖体が吐く”氣”から、聖体が生じる。からのインスピレーションだろうか。渦巻きうねる”氣”に粘りがあって重そうなのが、この画風の絶対バランスの一つ。
 
 
 
f:id:itifusa:20151202130532j:image
潔い落下にも粘り。応挙の滝壺みたいだ。
 
f:id:itifusa:20151202130426j:image
欲望の炎―金 2013 年
金箔、カーボンファイバー 498.4 × 188.6 × 183.1 cm
開き直ったかの成金趣味。村上画壇の豊富な資金源が象徴されております。
海外にはこの大作現代アートを買いあげる人がいるのだな。もはやここまで観てくると、自分に一切の抵抗がなくなっている村上マジック。
 
 
森美でいつも開催される展覧会はザンシンなものが多く、なかなか出向く機会がない。
でも、この五百羅漢図は制作中からの自分とのお約束でもあったので、待ちに待ったというべきか。見てないものを好みでは無いといってはいけないと自戒の念を込め日本での公開を待っていた。
 絵画の鑑賞はもうずっと、100年越えスパンでの古いものを相手に、絵師がなぜこの絵を、この構図で、この時に、誰のために描いたのか、という問いかけを繰り返しながら筆を追っていく、という本の虫の如しスタンスが通常だった。なのでそれら全てが明らかに公開されている現代のポップカルチャーというものをどう受け入れられるのか、大げさながらも相応の覚悟と抵抗がせめぎ合いを続け、まったく腹が決まらない。今回幸いにも増上寺で同時公開となった、狩野一信の五百羅漢を観覧した勢いに助けられ、重い腰をあげることができた。

村上氏ご本人については、これまでに何度か日本画関連の講演会などでお話を聞くことがあった。(でも、実際に展覧会として作品を見たのは本当にこれが初めて)
日本中世の美術史から途絶えることなく明治期まで続いた狩野派画壇のビジネスモデルに強く関心を示されており、日本の画家が、画壇としてそれを引き継げていないことが、世界へ立ち向かえない一つの弱点であることも指摘されていたと思う。
この五百羅漢図4部作の大型作品の作製をわずか1年間で仕上げる為に、動員された弟子の数は延べ数百人だという。棟梁指揮の下、素材収集部隊、デッサン部隊、24時間作業のシフト化と、”延べ”という要員数がその組織化された分業制を想像させる。それは、展覧会でもその作業の過程を映像化し、また、収集された資料や下絵、指示書を、「残す」前提で作製た上で、公開していることにも明らかに思われる。
つまり棟梁が目指した日本画壇組織の成功例をここに知らしめたのだと思う。

展覧会はカメラを持ち込み、すべての作品が撮影可能、公開も自由となっている。
棟梁の大きな野望は果たされた上で、後はその画を前にして、観たものが何を感じるか、指をさして笑ったり、眉を寄せたりと、自由な発想を得ることが絵師にとっての最高の望みなのではないかと、なんともフレッシュな気分で鑑賞を終えた。
現代画というのは(日本画というにはまだ抵抗もあるが)、作品のプロセスが公となっているものに対して、なんの理解を求められているのかなどの勘ぐりは、彼らはまったく望んでいないのだ。
 
この展覧会会期は、通常の個人の展覧会とは違い、かなりの長期間展示となる。作品群は超巨大なものばかりで、今後再度この規模での日本国内での展覧会は、物理的に不可能と言われているそうだ。
ぜひ、なるべく多くの人に、面白半分、話題半分でも観に行って欲しい。なんてったって、平日の夜22時まで開館だ。しかも平日は空いている。
 
おまけ。
f:id:itifusa:20151202130450j:image
辻惟雄先生である。。。
作品名はわからない。。。。 

 観覧当日、時間的にも館内は人が少なく、朝日新聞社の取材が来ていた。
連れて行った妹が撮影協力(笑 掲載記事がいつまで見れるかわからないけど。
あまり普段アート鑑賞に馴染みのない若い女性などへのよいプロモーションになるといいな。と思う。
撮影は鬼室 黎氏 とても感じのよい方でした。

増上寺ニテ狩野一信五百羅漢図二再会ス

 

f:id:itifusa:20151122004249j:plain

増上寺宝物展示室で開催中の『狩野一信の五百羅漢図展』に行ってまいりました。
いつかまたじっくり見たいと願い続けて、、、4年か。初公開されたのが2011年江戸東京博物館、あれは全100幅一挙公開という殺人的展覧会だった。

f:id:itifusa:20151122005133j:plain

狩野一信の増上寺蔵 五百羅漢図 全100幅は、2幅対で外題があり、羅漢の日常から修行、救済、供養の様子を描いている。2幅のうちに各10人の羅漢が描かれ、それまでにあった羅漢の図像、構図を数多く学んだ上で、オリジナルの構図をストーリー立てているのだとのこと。各幅に描き出されている事物は馴染みのあるテーマの中にも、次々びっくりするような情景が描き込まれていて、飽きることなくその世界観の中に遊べる。

f:id:itifusa:20151122004431j:plain    f:id:itifusa:20151122004411j:plain

すべての画像は主催者の許可をえて撮影をしております。


釈迦入滅の年、最も優れた遺弟500人の阿羅漢が集められ、釈迦が生存中に説かれた「法と律」を3ヶ月の内に韻文や詩にしてまとめた。これを第一結集といい、現在に伝わる経典の原点となったものだ。
阿羅漢は一切の煩悩を断じ、悟りを得た最高の聖者として、人々を感化善導する徳をもっている。その五百の阿羅漢を五百羅漢として信仰する。十六羅漢など唐代では古代密教の時代から信仰があり、10世紀には日本にも図像や造形物が多数招来されている。供養に応じてくれる高徳の聖人として庶民が信仰、供養するようになるのは、中世の禅宗が持ち込んでからになるのだろうか>>>勉強不足。。。。調べよう。

f:id:itifusa:20151122004347j:plain

現在前期の展示は(2015年10月7日(水)~12月27日(日))は 第21幅~第40幅
20幅の外題は六道。 救済が描かれている。仏教は深刻な罪を犯しても彼らが救ってくれるのだ。。。よかった。
第21-24幅 地獄  第25-28幅 鬼趣
第29-30幅 畜生  第31-32幅 修羅
第33-36幅 人   第37-40幅 天

f:id:itifusa:20151122004639j:plain

救済を待つ間にも、獄卒に追われ、鳥に喰われたり、氷の中でかなり寒い思いをしなくてはならない。火攻め、氷攻めは西洋の地獄観にも共通。でも、仏教は羅漢さんがきっと救ってくれる。

f:id:itifusa:20151122004627j:plain

お盆におばあちゃんにお寺さんへ連れて行かれ見る六道絵とは、あまりにも様相が異なる。子供を連れて行っても怖がるどころか引きつけを起こすんではないだろうか。あぶない。

 

f:id:itifusa:20151122004924j:plain

三面六臂(この絵では四臂)の阿修羅がここに

f:id:itifusa:20151122005045j:plain裳裾を翻す不穏の風は冷めた怒りを感じる

ただし、救ってくれない六道もある。
一信が思う救済、仏へ祈るという意味、その信仰の意味。現代の私たちが心して観なくてはいけないところだ。

f:id:itifusa:20151122004949j:plain

修羅の終わりなき紛争は天の思惑ではない。争いを起こすものたちが天慮をおもんばかることができずに飽くことなく殺戮を繰り返す。それは聖人の救済による終息など望むべくもなく、自ずからがその愚かさに気づき、正しい道を見つけなければならない。

f:id:itifusa:20151122005023j:plain

 

一信五百羅漢図の立役者(絵の中にいるわけではない)広瀬麻美氏のレクチャーと、トークショー。長年愛情をもってこの100幅に携わってこられた解説は貴重なものだった。

f:id:itifusa:20151122004735j:plain聖人の神変に驚き狂喜する猿とか

この方、本当に素敵な女性でした。美術史の方って本当に穏やかでいて、その情熱は愛がたっぷりでいいなー。

f:id:itifusa:20151122005112j:plain

あったらしい美術館や展示設備って、ほんと環境が良くなりましたよねー。
最近、入館してから真っ先にそれに感動します。
隔てたガラスに映り込みがないととても集中して観覧できます。それが今回のような作品だと痛感。疲れ知らず。

f:id:itifusa:20151122004838j:plain鬼子母神さんとみっしり子供

こちらの増上寺本殿地下に本年4月に開設された宝物展示室もご多分にもれず完璧な作り。それどころか、なんだか妙に、いや異常に見やすい。
「なんだこの接近感は」と思ったら、展示されたお軸の高さが視線にぴったりなのです。この大幅に余分な高さがなく、一信の五百羅漢図にぴったりあわせて作られているのでした。それは後のレクチャーでその通り判明。この細密画が間近で鑑賞できるようにと、壁面は可動式になっており、よりガラスに迫り出すことができる。それによって起こる照明のムラも天井に設置されたミラーの反射で照度を調整しているのだそう。この五百羅漢図への厚遇に、こちらも授かれるとはありがたい。

すべての画像は主催者の許可をえて撮影をしております。

f:id:itifusa:20151122005149j:plain

着座でのトークショーにかの山下先生が飛び入り。これまた貴重な機会となりました。
一信の五百羅漢に出会ったのは、別冊太陽で山下先生監修の『狩野派決定版』。感慨深いよね。


増上寺宝物展示室 『狩野一信の五百羅漢図展』
http://www.zojoji.or.jp/takara/event/
前期:2015年10月7日(水)~12月27日(日)| 第21幅~第40幅展示
後期:2016年1月1日(金)~3月13日(日)| 第41幅~第60幅展示

 

f:id:itifusa:20151122004253j:plain

トークショーの皆さん総プッシュの村上隆五百羅漢図展」@森美術館

こちらに次回会期で展示となる第49-50幅(だったかな)が現在みられるそう。

こちら。。やはり頑張れないようなきがする。。けど。。
この4部策が一堂に展会されることはもう二度と叶わない(色々物理的に不可能らしい)のだそうです。
絵師集団村上工房のターニングポイント。辻先生の講演などでよく耳にしていたので、公開の暁には実物をこの目で、と思っていたが、未だ少し腰が重い。制作過程の資料なども具に残されており、展示されているそう。日本美術界の歴史に名を残すという気概を感じる。この展覧会で写真撮影OKとのこと。棟梁の尊重すべき決断の他は、解釈自由ということか。でも、見に行くと思う。。。。来週。とか、再来週には。。。。

 

トークショーで紹介のあった、国内の五百羅漢像のうち、3箇所は私もお気に入り。
ブログ記事は以前使ったものから移動させなかったので川越のものしか残っていないけ(大したことは書いていない)どアルバムは復活させました。

▼京都 宇治 石峰寺
https://picasaweb.google.com/112032710675399999724/SekihojiUji2011326020?authuser=0&feat=directlink
まだ若冲ブームもこちらまでは達していなかった頃、撮影が許されていた当時のものです。

▼千葉県館山市の鋸山
https://picasaweb.google.com/112032710675399999724/NokogiriYamaTateyamaChiba?authuser=0&feat=directlink
久里浜の金山フェリーから館山の港へ入っていくと、独特な岩肌がそびえていて、登らずにはいられない眺めです。

▼川越のたび

http://itifusa.hatenablog.com/entry/2007/03/08/000000

 


参考文献:
山下裕二監修 別冊太陽日本のこころ131号『狩野派決定版』2004年 
東京国立博物館『幕末の怪しき仏画ー狩野一信の五百羅漢図』2006年
図録『法然上人八百年御忌奉賛 五百羅漢 幕末の絵師狩野一信 増上寺秘蔵の仏画』2011年
水野弘元『仏教要語の基礎知識』春秋社 2007年新改定2版
中村元『ブッダのことばスッタニパータ』岩波書店 1991年