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びぶりおてか

私家版 Caffè Biblioteca

旧岩倉具視邸ニテ妄想二耽タルコト

あまりにお天気が良かったので、早起きして岩倉へ。

烏丸線国際会館駅より京都バスを乗り継ぎ、岩倉具視幽棲旧宅へ向かう。
 
入り口がわからず、ぐるり回り込んでしまったが、
近隣も長閑で無駄に歩くのも良しとしよう。
 
和宮の輿入れをお膳立て、江戸へ随行したのを機に、日本史に名を残すべくスタートを切ったはずの岩倉具視が、瞬く間に突き落とされる。
平安の時代から続く公家同士のえげつなく目先しか見ない覇権争いが、この時代を引っ掻き回し、手に負えない事態を引き起こす。
地団駄を踏みたくなる様な伝達の遅延や行違いが足元をすくい、本気で思想を掲げた末端の若者達が血にまみれていくこの国の激動がスタートした時代だ。
 
f:id:itifusa:20140928153954j:plain母屋 鄰雲軒 
 
事態の急展開に京都逃げ出さざるを得なかった岩倉具視が身を隠したのがこの岩倉の地。
養子縁組に出した息子の里親先で、村名と名字は単なる偶然らしい。
その後、実相院境内にあったこの家を買い上げ、南側の母屋増築をし7年間の幽居生活を送った屋敷だ。
 
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大分修繕が加えられての公開かと思われる。当時の面影をどの程度残すかはわからないが、実際にこの地にくる事で、洛中からの距離感を知り、見渡す景色に彼が何を思ったのか巡らす。
見えるのは絶望かと思いきや、それでも尚、消される事が無い野心は様々な人を動かし続けていた。
 
それ等を概観できる今の時代に生まれた事は、なんとも嬉しく、楽しくてならない。
青空を仰ぎ幸せを感じる。
 
f:id:itifusa:20140928181122j:plain表門から正面玄関へ続く石畳。
互いを探り合うあの動乱期、大久保はこの門前を何を思って辿ったのだろう。
こんな天気の日だったろうか。
 
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正式な表玄関。タタキがちょっと変わってるけど、古い写真には、やはり沓脱石が置かれていた。なぜ板張りに修繕されているんだろ。
 
決して岩倉は、どれ程日本の行き先を純粋に案じていた、とは言い難いかもしれない。恐らくご多分に漏れず、というより、足下にも及ばぬはずの近衛や鷹司と、同じ土俵を踏もうと必死だったはずだ。だからこそ、それ等を概観できた彼の政治感覚が面白く、あの時代の血なま臭さなど、つい忘れてしまい勝ちになるのかもしれない。
 
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玄関間に槍掛け。当時は常識的なものであったかも知れないけれど、
表玄関間目の前に置かれているので、なんとなくそわそわしてしまう。
 

f:id:itifusa:20140928181510j:plain炊事場、勝手口からの北側居室内を見る。

中庭の日差しが軟らかく室内に入るのが良い。
 
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買い入れてから増築された南側の母屋。座敷と次の間。
おしゃれな作りのガラス障子は大宮御所から下賜されたものだそう。
京障子ってことかな。雪見ガラスが大きめサイズだけど、シックでモダン。
 
f:id:itifusa:20140928181659j:plain中庭側から座敷を見る。
 
 
 
f:id:itifusa:20140928181914j:plain具視の遺髪塚だそう。
 
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宮内大臣従一位勲一等公爵 岩倉公座云々。。。
 
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炊事場
 
 
f:id:itifusa:20140928182216j:plainかまどは50センチ程度の高さかな。
 
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表玄関より建物の北側へ回り、中庭側を望む。
 
f:id:itifusa:20140928181826j:plain中庭。
 
 
 
 
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敷石は、ここを通る様々な人達の心を知っているような気がするんだ。
 
 
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対岳文庫の左手に、具視御手植えと言われている松。
松というより、針葉樹(もみのき)かな。
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対岳文庫
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建物は、京都市庁舎を建築した人、、、だったかな。
 
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真鍮のドアノブが懐かしい感じ。
 
入って頭上を振り返ると、薄暗い油彩画がある。
『東京 旧邸之図』具方画 とある。
質素というよりは、やはり、公家屋敷か、立派な(こじんまりした(笑))池泉回遊式庭園をもつ。
右奥の遠景が少しかすんだ東京の空を思わせる。
当時の実際はそんな空気では無かったとは思うが。。。
 
f:id:itifusa:20140929224856j:plain丸の内二重橋
現在の宮城前広場。この辺りに東京の岩倉の旧邸があったのだろうな。
広場の整備の為に土地は買い上げられ、今は見るかげない。
昭和20年には、人々がここに伏して、玉音放送を受ける。
 
邸宅の一部は、病床の具視を見舞って明治天皇が御幸された居室として移転を重ね、今は関西に移築されているらしい。それはそれで驚く。
 
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シンプルなのに、ディテールは手が込んでいて、馴染み易い。
管理のおかーさんがとても感じの良い方で、
帰りの際、何度も深々とお辞儀されるので、門を出る際にはこちらも日々鍛錬中の「深い礼」でいとまごいをした。