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びぶりおてか

私家版 Caffè Biblioteca

嘆きの吐露 Death of the Buddha





もう、余の人の多さに、絵画鑑賞とはなんぞ?などと
苛つく自分がもったいないので、既に鑑賞した経験のあるもの、
待てば収蔵先でいずれ公開されるもの以外、
コレ一枚の為に能登までは。。とか、再度の公開の目処ほぼ
なし。といった作品にしぼっていざ、最前線へ。ってかんじ。


硝子前を並んで進む事に神経を費やすじじばばが、私より
頭2個分下部でざらざらと左に流れて行くのを柵ということにし。


年代順の展開は、等伯基軸となる仏画、信春期が先行する。
十六羅漢や十二天像は見ておきたいのでぎゅうづめの硝子前に
ずるずるとはいっていく。祇園祭みたいだ。


これは一見したかった、圓徳院蔵の山水図襖図。
なるほど、見事に唐紙の桐文様が浮き出ている。
見る方も必死だが、描く方はもっと必死だったに違いない。


参考写真として展示されていた大徳寺三門楼上壁画。
現代の写真印刷技術に感心させられる。
これは、後にも先にも実物を拝めることはそうそう無いと思われる。
この迫力ある画面で鑑賞できるのだってそうそう無い。
「あら、これは写真ね」と、見入る私をいぶかしむ奥様方。
邪魔な所につったっててごめん。
この蟠龍図の美しさと迫力。
光輪のような円の中に閉じ込められたような凶暴ささえ秘めているような。
口を開けて天井を見上げつづける。
もうちょっと見ていたかったが、展示されている場所が場所だけに。


前回巨匠対決で出品されていた萩芒図屏風。
これは何度見てもいい。
公衆との趣向が合わないのだろうか、ここは何故か空いてる。
楓図にみんなくびったけなのだ。そっか。


じじばばはスタートダッシュがものすごいので、
だいたい3〜4室くらいになるとトーンダウンしてくる。
既に疲労していたり、連れの旦那が飽きて来てたり。
頑張って下さい。
そんななので、まだ出すな、まだ出すな。と呪文のように室を
移動する毎に唱えていた巨大な仏涅槃図は5室最後に。





動物園の柵のように仕切られ4分の1程度を平置きし天井から
吊るされた涅槃図が。
「あぁ、」と見上げながら近づくと、待っていたかのように
最前にへばりついていたおばさまがスッと場所をあけて下さる。
神かこの人は?


ものすごかった。
見たとたんに目頭が熱くなり、目がにじむ。
霞んで折角の画が見えなくなりそうだ。
でも、感動で涙しているのではない。
完全なるもらい泣きだ。
画中の全員がまったくの冷静さを失い、本気で泣いている。
こんな涅槃図は初めて見た。
これだけ泣かれて、釈迦はよく目を覚まさなかったものだ。
真っ赤な顔で絶望を訴える閻魔。
枯れかけている沙羅双樹影に隠れてむせび泣く餓鬼。
荒行の末に乾涸びたような体から、まだ涙が出るのかと思わせる羅漢。
羅漢が連れている眷属の龍までも爪を立て顔を歪める。
態なく打ち臥し嘆く僧侶。
いつも気ままに飛び回ってた迦陵頻伽が地に降りて手を
合わせている、その厳かな姿。
私はこんなにも肩を落とす唐獅子を初めて見た。
総勢の多様な嘆きっぷりすべてが、画師の中に蟠っていた
哀切のすべてだった。かけがえのないものを失う事の想像を
絶する嘆きと恐怖がこの重さなのだ。
10mの軸が400年以上泣き続けて来たと思うと、吊るしているのが
やたら心配になる。
嘆きを描かせたら等伯の右に出るものはいないといっても
言い過ぎではない。「泣かせの等伯」だ。
水墨画の巨匠だの、琳派の先駆などより、
なぜ美術家がここを訴えないのか疑問だ。
「本像を泣かせるなら、等伯に」と都で評判はなかったのか。


「沁みる。」のはだんぜんこっちだ。




没後400年 長谷川等伯展 東京国立博物館
平成館 2010年2月23日〜2010年3月22日








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